東京高等裁判所 平成2年(ネ)1155号 判決 1991年11月27日
第一〇二三号事件控訴人(以下「控訴人東京海上」という。)
東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
矢生太陽
第一〇二三号事件控訴人(以下「控訴人三和航空」という。)
株式会社三和航空サービス
右代表者代表取締役
井上不二男
右両名訴訟代理人弁護士
山田伸男
服部弘志
浅岡輝彦
庭山正一郎
須藤修
村田珠美
梅野晴一郎
右訴訟復代理人弁護士
稲垣隆一
第一一五五号事件控訴人(以下「控訴人山根賢一」という。)
山根賢一
第一〇二三号事件被控訴人(以下「被控訴人山根真一」という。)
山根真一
右両名訴訟代理人弁護士
後藤孝典
菅沼昇
尾嵜裕
第一一六八号事件控訴人(以下「控訴人野口周一」という。)
野口周一
第一〇二三号事件被控訴人、第一一六八号事件控訴人(以下「被控訴人野口孝子」という。)
野口孝子
第一一六八号事件控訴人(以下「控訴人瀬戸口昌子」という。)
瀬戸口昌子
第一〇二三号事件被控訴人(以下「被控訴人野口二雄」という。)
野口二雄
右四名訴訟代理人弁護士
森田健二
中村晶子
島田寿子
吉沢寛
藤重由美子
第一一五五号事件被控訴人(以下「被控訴人シグナ」という。)
シグナ・インシュアランス・カンパニー
日本における代表者
ジアンフランコ・モンガーディ
右訴訟代理人弁護士
島林樹
赤川美知子
藤本達也
日野和昌
安田昌資
中杉喜代司
第一一六八号事件被控訴人(以下「被控訴人ランバーメンズ」という。)
ランバーメンズ・ミューチュアル・カジュアルティー・カンパニー(保険相互会社)
日本における代表者
キースロナルドフラットマン
右訴訟代理人弁護士
福田盛行
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人三和航空は被控訴人山根真一に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年六月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人山根真一のその余の請求、被控訴人野口二雄、同野口孝子、控訴人山根賢一、同野口周一、同瀬戸口昌子の各請求をいずれも棄却する。
3 この判決は、右第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、控訴人三和航空において五〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人山根真一、同野口二雄、同野口孝子と控訴人東京海上との間に生じた費用は、同被控訴人らの負担とし、被控訴人山根真一と控訴人三和航空との間に生じた費用は、同控訴人の負担とし、控訴人山根賢一と被控訴人シグナとの間に生じた費用は、控訴人山根賢一の負担とし、控訴人野口周一、控訴人瀬戸口昌子、被控訴人野口孝子と被控訴人ランバーメンズとの間に生じた費用は、同控訴人ら及び被控訴人野口孝子の各負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 第一〇二三号事件
1 控訴人東京海上、同三和航空
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人山根真一、同野口二雄、同野口孝子の控訴人東京海上に対する請求及び被控訴人山根真一の控訴人三和航空に対する請求をいずれも棄却する。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人山根真一、同野口二男、同野口孝子
控訴棄却
二 第一一五五号事件
1 控訴人山根賢一
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人シグナは控訴人山根賢一に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年六月一一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人シグナの負担とする。
2 被控訴人シグナ
控訴棄却
三 第一一六八号事件
1 控訴人野口周一、同瀬戸口昌子、被控訴人野口孝子
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人ランバーメンズは、被控訴人野口周一に対し五〇〇〇万円、被控訴人瀬戸口昌子に対し五〇〇万円、被控訴人野口孝子に対し二〇〇〇万円及びいずれもこれに対する昭和六二年一月一七日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人ランバーメンズの負担とする。
2 被控訴人ランバーメンズ
控訴棄却
第二 請求の原因
(第一〇二三号事件)
一 被控訴人山根真一は、昭和六〇年一月一日、控訴人東京海上との間で、保険料を二万二〇〇〇円とし、山根利恵又は被控訴人山根真一が同月三日から一〇日までの間、海外旅行の目的をもった住居の出発から帰着までの間に急激かつ偶然の外来事故に遭遇し、事故日から一八〇日以内に死亡したときには、死亡した者の法定相続人に対し、保険金五〇〇〇万円を支払うとの内容の海外旅行傷害保険契約を締結した。
二 山根利恵は、昭和五九年一二月二五日ころ、控訴人三和航空との間で、同控訴人が主催する昭和六〇年一月三日から一〇日までの間の海外旅行の期間中、山根利恵が急激かつ偶然の外来事故に遭遇し、事故日から一八〇日以内に死亡したときには、同人の法定相続人に対し、補償金一五〇〇万円を支払うとの内容の補償契約を締結した。
(第一一五五号事件)
三 被控訴人山根真一は、昭和五九年一二月二四日、原審脱退被告インシュアランスカンパニー・オブ・ノースアメリカ(以下「原審脱退被告」という。)の代理人であるアメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インクとの間で、保険料を月額四六七〇円とし、被保険者山根利恵が昭和六〇年一月一日から同年一一月一日午後四時までの間に、急激かつ偶然の外来事故に遭遇し、事故日から一八〇日以内に死亡したときには、控訴人山根賢一に対し保険金五〇〇〇万円を支払うとの内容の保険契約を締結した。
原審脱退被告は、昭和六一年七月一日、主務大臣の許可を得て、保有する保険契約の全部を包括して被控訴人シグナに移転した。
(第一一六八号事件)
四 被控訴人山根真一は、昭和六〇年一月二日ころ、被控訴人ランバーメンズの代理人である株式会社ザ・パイドパイパー・オフィス(以下「パイドパイパー」という。)との間で、山根利恵または被控訴人山根真一が同月三日から一〇日までの間、海外旅行の目的をもった住居の出発から帰着までの間に急激かつ偶然の外来事故に遭遇し、事故日から一八〇日以内に死亡したときには、控訴人野口周一に対し、保険金五〇〇〇万円(保険料八二〇〇円)、控訴人瀬戸口昌子に対し、保険金五〇〇万円(保険料一三六〇円)、被控訴人野口孝子に対し、保険金二〇〇〇万円(保険料六六〇〇円)を支払うとの内容の海外旅行傷害保険契約を締結した。
(全事件共通)
五 山根利恵は、昭和六〇年一月五日午後九時ころ、控訴人三和航空主催の旅行先であるモルジィブ共和国ビアドゥ島の海岸で溺死した。
(第一〇二三号事件)
六 山根利恵の法定相続人は、同人の夫控訴人山根真一、同人の両親である被控訴人野口孝子、同野口二雄である。
七 よって、
1 第一〇二三号事件について
被控訴人山根真一は、控訴人東京海上に対し、保険契約に基づき三三三三万三三三三円、控訴人三和航空に対し、補償契約に基づき一〇〇〇万円及びこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和六一年六月一八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
被控訴人野口二雄、同野口孝子は、控訴人東京海上に対し、各八三三万三三三三円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六二年一月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 第一一五五号事件について
被控訴人山根賢一は、被控訴人シグナに対し、保険契約に基づき五〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六〇年六月一一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 第一一六八号事件について
被控訴人ランバーメンズに対し、保険契約に基づき、控訴人野口周一は五〇〇〇万円、控訴人瀬戸口昌子は五〇〇万円、被控訴人野口孝子は二〇〇〇万円及びこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和六二年一月一七日から各支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三 請求の原因に対する認否
一 控訴人東京海上、同三和航空(第一〇二三号事件)
請求の原因一、二、六の各事実は認める。
二 被控訴人シグナ(第一一五五号事件)
同三の事実は認める。
三 被控訴人ランバーメンズ(第一一六八号事件)
同四の事実は否認する。控訴人野口周一に関する保険契約は、昭和六〇年一月九日に締結された。
四 控訴人東京海上、同三和航空、被控訴人シグナ、同ランバーメンズ(全事件)
同五の事実のうち、山根利恵の死因は知らないが、その余は認める。
第四 抗弁
一 控訴人東京海上(第一〇二三号事件)
1 被控訴人山根真一と控訴人東京海上との間に締結された前記保険契約(請求の原因一項)においては、保険契約者(被控訴人山根真一)は、保険契約締結の後、身体の傷害を担保する他の保険契約(以下「重複保険」という。)を締結するときはあらかじめ控訴人東京海上に通知し、保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、控訴人東京海上が重複保険契約締結の事実があることを知ったときには、右契約を解除することができる旨の約定がなされた。
2 被控訴人山根真一は、右契約締結後である昭和六〇年一月二日ころ、被控訴人ランバーメンズとの間で前記保険契約(請求の原因四項)を締結したが、これは重複保険であるにもかかわらず、控訴人東京海上に右規定に基づく通知をしなかった。
仮に、右規定による解除をするためには、保険契約者(被控訴人山根真一)が悪意又は重過失で右通知義務の履行をしなかったことを要するとしても、被控訴人山根真一には、通知義務の不履行につき悪意又は重過失があった。
3 控訴人東京海上は、同年二月七日ころ、被控訴人山根真一に対し、通知義務違反を理由として、右保険契約を解除する旨の意思表示をした。
二 被控訴人シグナ(第一一五五号事件)
1 被控訴人山根真一と原審脱退被告との保険契約においては、被保険者である山根利恵の同意を要する旨の約定がなされた。
2(一) 右保険契約において、保険契約者(被控訴人山根真一)は、保険契約締結の後、重複保険契約を締結するときは被控訴人シグナに通知し、保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、被控訴人シグナが重複保険契約締結の事実があることを知ったときには、右契約を解除することができる旨の約定がなされた。
(二) 被控訴人山根真一は、右契約締結後である昭和六〇年一月一日に控訴人東京海上と、同月二日ころ、被控訴人ランバーメンズとの間で前記各保険契約(請求の原因一項及び四項)を締結したが、これは重複保険であるにもかかわらず、被控訴人シグナに右規定に基づく通知をしなかった。
仮に、右規定による解除をするためには、保険契約者(被控訴人山根真一)が悪意又は重過失で右通知義務の履行をしなかったことを要するとしても、被控訴人山根真一には、通知義務の不履行につき悪意又は重過失があった。
(三) 原審脱退被告は、同年二月八日、被控訴人山根真一に対し、通知義務違反を理由として、右保険契約を解除する旨の意思表示をした。
三 被控訴人ランバーメンズ(第一一六八号事件)
1 被控訴人山根真一と被控訴人ランバーメンズとの保険契約においては、被保険者である山根利恵の同意を要する旨の約定がなされた。
2 右契約においては、保険料を支払った後の保険事故についてのみ、保険金を支払うとの約定がなされた。
3(一) 右保険契約において、保険契約者(被控訴人山根真一)が他に重複保険契約を締結しているときは、これを被控訴人ランバーメンズに保険契約申込書によって告知しなければならず、保険契約者が故意または重過失により、これを告知しなかったときには、被控訴人ランバーメンズは右契約を解除することができる旨の約定がなされた。
(二) 被控訴人山根真一は、右契約締結前である昭和五九年一二月二四日ころ、原審脱退被告との間で前記保険契約(請求の原因三項)を締結していたが、これは重複保険であるにもかかわらず、故意によって、被控訴人ランバーメンズに右規定に基づく告知をしなかった。
(三) 被控訴人ランバーメンズは、昭和六〇年二月八日到達の書面で、保険契約者である被控訴人山根真一に対し、告知義務違反を理由として、右保険契約を解除する旨の意思表示をした。
四 控訴人東京海上、同三和航空、被控訴人シグナ、同ランバーメンズ(全事件)
原判決一四枚目裏一行目から同一七枚目表四行目までを引用する。ただし、次のとおり付加・訂正する。
1 原判決一四枚目裏一行目の「第二の一」を「請求の原因三」、「第二の二」を「請求の原因一」、同二行目の「第三の一」を「請求の原因四」、同四行目ないし五行目の「第二の三」を「請求の原因二」とそれぞれ改める。
2 同一四枚目裏七行目の「故意」を「故意による行為(作為)」と改める。
3 同一六枚目表一行目の「多額であり、」の次に「それらの保険は、いずれも死亡保険金以外にも多くの保険給付がセットされている保険種目であるにも拘わらず、もっぱら死亡保険金が支払われた場合を想定して、受取人及びその受取金額を被控訴人山根真一自ら執拗に調整したものであり、」を加える。
4 同一七枚目表四行目の次に次を加える。
「(七) 被控訴人山根真一は、帰国後、利恵の遺族らに対して、自ら利恵を被保険者として積極的に旅行傷害保険に加入したことを隠蔽しようとしたほか、本件事故報告書の作成等保険金請求の準備をした過程で保険金受取人等の関係者に働き掛けて保険会社との対応の仕方を誘導した。
2 仮に、利恵の溺死が被控訴人山根真一の作為に基づくものでないとしても、潮、海底の凹凸、水温等現場の状況に無知であり、体力、泳力ともに劣る利恵を伴って夜間ラグーンに入る以上、利恵において傷害に至る事態が発生した場合には、適切な対処をなすべき作為義務があるのに、右溺死の結果を認識、認容しながら、右義務の履行を怠ったから、不作為の故意がある。」
第五 抗弁に対する認否
一 抗弁一(第一〇二三号事件)1は認める。同2の前段は認めるが、後段は否認する。同3は認める。
二 同二(第一一五五号事件)1は否認する。加入依頼書には、被保険者の同意欄がなく、右同意を要するとの約定はなかった。同2のうち、(一)は認める、(二)の前段は認めるが、後段は否認する、同(三)は認める。
三 通知義務違反による契約解除の主張について
商法六七八条にいう保険契約者に告知義務の認められる「重要な事実」とは、被保険者の生命の危険測定に関する事実に限られるところ、道徳的危険の存在を示すに止どまる重複保険の有無は右危険測定に関する事実ではないから、これについては同条に基づく告知義務が認められないにもかかわらず、本件各約款は通知義務を定めるが、告知義務を加重する通知義務を定めるには、明白な合理的理由の存することを要するというべきであり、したがって、右合理性のない右各約款の規定は商法六七八条の趣旨に反し無効である。
四 同三(第一一六八号事件)1、2は否認する。同3の(一)、(二)前段は認めるが、後段は否認する、同(三)は知らない。
告知義務違反による契約解除の主張について
道徳的危険の存在を示すに止どまる重複保険の有無については前記のとおり、商法六七八条に基づく告知義務が認められないから、右告知義務を課する約款の規定は、同条の趣旨に反し無効である。
五 同四(全事件)について
原判決一八枚目表二行目から同裏九行目までを引用する。
当審で追加された事実は、いずれも否認する。
第六 再抗弁
一 被控訴人山根真一(抗弁一について)
被控訴人山根真一を保険契約者とする被控訴人ランバーメンズとの前記保険契約(請求の原因四)は、被控訴人山根真一が代表者であるパイドパイパーをランバーメンズの代理人として締結され、民法一〇八条、商法二六五条に違反する無効の契約であるから、右保険契約の締結は重複保険に当たらない。
二 被控訴人山根真一、控訴人山根賢一(抗弁一、同二2について)
仮に、右各両者の関係が重複保険契約であるとしても、保険契約者である被控訴人山根真一には、当該保険契約によって保険金を不法に取得し、右契約を濫用する目的を有していなかったから、契約解除を許さない特段の事情がある。すなわち、
1 真一は、控訴人シグナへの保険加入当時、利恵ともども他の生命保険に加入していなかったが、利恵の生活を確保し、子である悠太朗の保育のため、当時勤務していた会社を退職して無収入となっていた実母千代子及び既に隠居の身である実父控訴人山根賢一の生活費を確保する必要があったところ、自己に万一の不幸があったときのために備えて、シグナから勧誘されるまま、死亡時にのみ保険金が支払われること、毎年自動継続されて長期に付保されることを認識して、生命保険の代わりとして、かつ、生命保険に加入する目的をもって加入した。
2 控訴人東京海上の保険は、短期間の海外旅行中の事故のみを付保する目的をもって加入した。
3 両者の保険の性質が違い、加入の目的も違う以上、真一には保険契約を濫用する目的はなかった。
三 被控訴人野口孝子、同野口二雄(抗弁一について)
被控訴人山根真一を保険契約者とする被控訴人ランバーメンズとの保険契約は、同社社員の強い勧誘によってなされたものであり、また、その受取人は利恵の両親であって、真一と利害が一致せず、保険契約者である真一に不当な利益を与えず、モラルリスクの防止の問題を生じないから、真一に保険契約を濫用する目的はなく、契約解除を許さない特段の事情がある。
四 控訴人野口周一、同瀬戸口昌子、被控訴人野口孝子(抗弁三3について)
1 次の諸点を総合すると、被控訴人山根真一には、保険契約を濫用する目的はなく、契約解除を許さない特段の事情がある。すなわち、
① 被控訴人山根真一を保険契約者とする被控訴人ランバーメンズとの保険契約は、受取人が被保険者利恵の親族である控訴人野口周一らであって、真一と利害が一致せず、保険契約者である真一に不法な利益を与えない。
② 更に、真一は自らを保険契約者とする被控訴人シグナとの保険契約の存在を当然知っていたところ、被控訴人ランバーメンズとの保険契約はパイドパイパーを保険代理店として締結され、同社の代表者は真一であるから、同社は右契約の存在を知っていたことになり、したがって被控訴人ランバーメンズはこれを知っていた。
③ 被控訴人ランバーメンズの社員は、真一を保険契約者とする控訴人東京海上との保険契約の存在を知りながら、本件保険契約の締結をしたから、重複保険の存在を容認していた。
2 仮にそうでないとしても、右事情からすると、契約の解除は権利の濫用として許されない。
五 控訴人山根賢一、同野口周一、同瀬戸口昌子、被控訴人野口孝子(抗弁二1、同三1について)
被保険者利恵は、本件各保険契約の締結について、その締結時に同意した。
六 控訴人野口周一、同瀬戸口昌子、被控訴人野口孝子(抗弁三2について)
被控訴人山根真一は、昭和六〇年一月一日、第一回保険料を被控訴人ランバーメンズ代理人パイドパイパーに対して支払った。
第七 再抗弁に対する認否
一 再抗弁一の前段は認めるが、後段は否認する。民法一〇八条、商法二六五条の各規定は、専ら本人又は会社の利益を保護するためのものであるから、本件のように普通取引約款によって行われる定型取引は本条に該当せず、また、自己取引の相手方である取締役である真一において、民法一〇八条、商法二六五条違反を理由として無効を主張することは信義則上許されない。
二 同二ないし六は否認する。
第八 再々抗弁(再抗弁一について)
被控訴人ランバーメンズは、本件保険契約の締結に当たり、自社の代理店であるパイドパイパーにおいて、その代表取締役個人を保険契約者とする契約をすることをあらかじめ同意していた。
第九 再々抗弁に対する認否
否認する。
第一〇 証拠関係<省略>
理由
第一請求の原因
一控訴人東京海上、同三和航空に関する請求原因一、二、六は当該各当事者間に争いがない。
二被控訴人シグナに関する請求原因三は、当該各当事者間において争いがない。
三被控訴人ランバーメンズに関する請求原因四については、原判決二三枚目裏一〇行目から同二四枚目表一一行目の「証拠はない。」までを引用し、その次に次を加える。
「もっとも、<書証番号略>、原審における被控訴人山根真一尋問の結果によると、被控訴人山根真一は、昭和六〇年一月一日、被控訴人ランバーメンズの保険代理店であるパイドパイパーに対し、被保険者を利恵、死亡保険金額を五〇〇〇万円とし、受取人欄を空欄にした海外旅行傷害保険契約の申込みをしながら(<書証番号略>)、利恵が死亡した後である同年一月九日に右空欄部分に一旦は「山根真一」と記載し、ついでその記載を黒く抹消し「野口周一」と記載し直し、更に同日改めて利恵を被保険者、死亡保険金額を五〇〇〇万円、受取人を野口周一とする右保険契約の再度の申込みをした(<書証番号略>)ことが認められるが、被控訴人山根真一の右空欄部分への記載が保険金受取人の変更をした趣旨と解されるとしても、被保険者である利恵の死亡後になされたものであるから、その効力は認められないし、また右再度の申込みも、被保険者である利恵の死亡後になされたものであって、保険契約の成立を認めることはできない。」
四全事件に関する請求原因五については、原判決二五枚目表八行目から同一一行目の「)、」まで及び同裏二行目から同四行目までをそれぞれ引用する。
第二控訴人東京海上、被控訴人シグナ、被控訴人ランバーメンズの本件各保険契約解除の主張について
一本件各保険契約の解除の意思表示に関する控訴人東京海上の抗弁
一、3、被控訴人シグナの抗弁二、2、(三)は<書証番号略>によると、被控訴人ランバーメンズの抗弁三、3、(三)が認められる。
二1 控訴人東京海上、被控訴人シグナと被控訴人山根真一との間に締結された前記各保険契約において、抗弁一、1及び同二、2、(一)のような右契約締結後に重複保険を締結した場合の通知義務とこれに違反した場合の解除権の留保の約定がなされたこと、被控訴人ランバーメンズと被控訴人山根真一との間に締結された前記保険契約において、抗弁三、3、(一)のような他に重複保険を締結しているときの告知義務とこれに違反した場合の解除権の留保の約定がなされたことは、当該各当事者間において争いがない。
2 ところで、右重複保険の通知、告知義務に関する各約定は、各保険会社の約款に基づいてなされたことが弁論の全趣旨から明らかであるところ、本件約款において、海外旅行保険契約の締結に際し、保険契約者、被保険者に対し、他の傷害保険契約等の存在について告知する義務を課し、更に、保険契約締結後、他の傷害保険契約等を締結する際またはその存在を知ったときに通知義務を課した趣旨は、重複保険による保険金額の総額がその被保険者の年令、性別、職業・職務、旅行目的、旅行先などに照らして不相当に高額になる場合には、それが保険契約者が不法な利得の目的に出た場合にはもちろん、そうでない場合でも、一般に故意に保険事故を招致して保険金を取得しようとする危険が高いという経験則に基づき、当該保険契約締結の前後に重複契約に関する情報を開示させることにより、保険者がこのような道徳的危険の強いものか否かを判断し、当該保険契約の解除ないし不締結の判断をする機会を付与したことにある。
すなわち、定額給付方式の保険としての性質を含み、「保険契約が数個ある場合でも保険加入者は保険事故による実際の損害額までしか保険金の支払を受けられない」という損害保険の原則(商法六三二条)の適用のない右傷害保険契約においては、その性質上、旅行の直前に、他の保険と対比して非常に低額の保険料の支払により、高額の保険金額の保険に簡易に加入することができ、しかも海外における保険事故が対象であるため、保険事故招致の危険性または保険事故発生の仮装などによる不正な保険金請求を行うといった道徳的危険が経験則上非常に大きく、しかも故意による保険事故招致の証明も困難が予想されるため、重複保険契約の存在それ自体にこのような道徳的危険の徴表を認めて、その情報を開示させることにより、保険者において当該保険契約の継続または拒絶をする裁量権を留保したものであり、その合理性が認められる。
3 そうだとすれば、本件のような海外旅行傷害保険契約において、故意による保険事故招致につき約款上保険者の免責規定を設けることに加え、重複契約を締結する際にその前に締結した契約の告知義務を課し、保険契約者等において故意または重大な過失によってこれを告知しなかった場合には、保険契約を解除することができる旨を定めた約款は有効であると解するのが相当である。もっとも控訴人瀬戸口昌子、被控訴人野口孝子らは、右約款の規定は、商法六七八条の規定の趣旨に照らして無効である旨主張するが、海外旅行傷害保険に同条を類推適用する余地があるとしても、これは任意規定であるのみならず、道徳的危険に関する事実は保険事故発生の危険測定に関する事実ではないが、傷害保険契約においては、道徳的危険に関する事実を告知させるべき必要性と合理性があるから、右規定の趣旨に反するものではない。
また、右保険契約の締結後、重複契約を締結した場合の通知義務については、約款上では、保険契約者等の故意または重大な過失の有無を問わずに、これを怠ったときには直ちに契約を解除することができる旨規定されているが、契約締結前の他契約の告知義務に関する規定では、保険契約者等に故意または重大な過失があることを要求していることとの均衡や、事前の告知よりも事後の通知の方が保険契約者等にとって負担であることなどを考慮すると、保険契約者等において、告知義務違反の場合と同じく、故意または重大な過失で通知をしなかった場合に限り、保険契約を解除することができるものと解するのが相当である。もっとも、被控訴人山根真一、同野口二雄、同野口孝子、控訴人山根賢一らは、右通知義務に関する約款の規定は、明白な合理的理由がないのに、商法六七八条の趣旨を逸脱したものであり、無効である旨主張するが、前記のとおり、同条の趣旨を逸脱したものではないから、右主張は採用しない。
4 一方、たしかに前記のとおり、保険者にとって重複保険の存在それ自体に道徳的危険の徴表を認めて解除権を留保することの合理性があるとしても、他保険の不通知や不告知が約款という付合契約で定められた手続上の軽微な違反行為にすぎないことは明らかであり、重複保険が存在するときには、約款上保険者に契約解除の裁量権を与えているにすぎないものであるうえ、海外旅行傷害保険は旅行出発の直前に加入手続をとられることが多く、前の保険者に通知して承認の裏書を得る余裕がない場合もあり、重複保険を締結した事情はこれを最も良く知る保険契約者側に主張、立証させるのが適切であることなどを合わせ考えると、保険契約者等の故意または重大な過失による右通知・告知義務違反があれば、保険者は保険契約の解除をなし得るとしても、保険金請求者側で保険契約者等が当該保険契約によって保険金を不法に取得し、右契約を濫用する目的を有していなかったという特段の事情を主張・立証したときには、右契約解除の効力が覆されるものと解するのが相当である。
三被控訴人山根真一の通知義務、告知義務の不履行について
1 被控訴人山根真一の通知義務不履行に関する抗弁一、2前段及び同二、2、(二)の前段、告知義務不履行に関する同三、3、(二)の前段は、当該各当事者間で争いがない。
2 前記認定(請求の原因一、四)にかかる控訴人東京海上、被控訴人ランバーメンズと被控訴人山根真一との間に締結された各海外旅行傷害保険契約は、いずれも被保険者、保険期間、保険事故を共通にする身体の傷害を担保する保険契約であるから、重複保険に当たることは明らかである。
ところで、前記認定(請求の原因三)にかかる原審脱退被告(被控訴人シグナの前身)と被控訴人山根真一との間で締結された保険契約は、<書証番号略>に照らすと、ファミリー・プロテクション・プランなる名義でアメリカン・エキスプレス・カード会員のみに販売された保険商品であるが、その内容は、死亡保険金のみ支払特約付の普通傷害保険であって、控訴人東京海上、被控訴人ランバーメンズとの右各保険契約とは、保険期間については、控訴人東京海上、被控訴人ランバーメンズとの約定保険期間を含む一〇か月と長くなっているものの、被保険者、保険事故を共通にする身体の傷害を担保する保険契約であるから、重複保険に当たるものというべきである。
四被控訴人山根真一の故意または重過失の有無について
<書証番号略>、原審・当審における被控訴人山根真一尋問の結果によると、
1 被控訴人山根真一は、昭和五三年五月三一日、旅行に関する情報出版と航空券の販売等を目的とする会社であるパイドパイパーを設立し、以来その代表取締役を務めているが、同社は同五六年七月二九日に原審脱退被告(被控訴人シグナの前身)の保険代理店となり、同五九年五月二三日までの間、同社の海外旅行傷害保険の取次業務に従事し、同日以降、被控訴人ランバーメンズの保険代理店として、同社の海外旅行傷害保険の取次業務に従事してきた。その間、被控訴人山根真一は、パイドパイパーの代表者として、客の海外旅行傷害保険の保険事故による保険金請求の代行を二、三件ないし一〇件程度経験し、保険金請求についての保険会社とのトラブルの仲介をしたこともあった。
2 わが国の損害保険会社は、同一の被保険者について締結される傷害保険契約の保険金額が自社及び他社を合計して一定の金額を越えるときには、それ以上の保険引受を拒絶する扱いをしているところ、本件各保険契約締結時における傷害(死亡)を保険事故とする保険の引受総額の限度は、一億五〇〇〇万円、海外旅行傷害保険の引受総額の限度は、一億円とするのが各社の扱いであったところ、被控訴人山根真一は、重複保険の締結については、保険会社がその総額について制限を設け、これを審査の対象としていることを知悉していた。
3 被控訴人山根真一は、被控訴人ランバーメンズに保険加入するについて、その契約申込書に控訴人東京海上との傷害保険契約の存在のみを告知した。
以上の事実が認められ、右事実によれば、被控訴人山根真一は、その職務上、海外旅行傷害保険の引受業務に通暁しており、控訴人東京海上、被控訴人シグナとの各契約締結後に更に締結した各保険契約が重複保険に該当し、これを契約上通知する義務があること及び被控訴人ランバーメンズとの契約締結前に締結された原審脱退被告との保険契約が重複保険であり、これを契約上告知する義務があることをいずれも知っていたものと推認することができる。
五被控訴人山根真一の控訴人東京海上に対する再抗弁一について
1 たしかに、被控訴人山根真一とランバーメンズとの前記保険契約の締結に当たり、パイドパイパーがランバーメンズの代理店として行為し、右真一はパイドパイパーの代表者であったから、右契約において、民法一〇八条の規定する自己契約に類する関係が成立する。
しかしながら、保険募集の取締に関する法律一七条一項は、「損害保険代理店は、その主たる目的として、自己又は自己が雇傭せられている者を保険契約者又は被保険者とする保険契約を募集してはならない。」と定め、二項において、「損害保険代理店の募集した自己又は自己が雇傭されている者を保険契約者又は被保険者とする保険契約の保険料の累計額が、当該損害保険代理店の募集した保険契約の保険料の累計額の一〇〇分の五〇をこえることとなったときは、当該損害保険代理店は、前項の適用については、これを自己又は自己が雇傭せられている者を保険契約者又は被保険者とする保険契約を募集することをその主たる目的としたものとみなす。」と規定しているところ、<書証番号略>に照らすと、わが国の損害保険代理店の実務においては、自己契約とは、法人代理店の場合には、当該法人を保険契約者又は被保険者とする契約である旨の運用がなされていることが認められる。
右事実によれば、わが国の損害保険代理店の実務においては、被控訴人ランバーメンズを含む保険者である保険会社は損害保険代理店に対し、自己契約及びこれと同視できる契約につき、事前に包括的な同意を与えてきたことが認められる。
2 また、商法二六五条の規定は、取締役の忠実義務から派生する一種の不作為義務を定めたものであるが、取締役会の承認を要する取引は、裁量によって会社を害するおそれがある行為に限られるものであるから、海外旅行傷害保険のように普通取引約款によって契約内容が定型化されているものには適用がないのみでなく、同規定は専ら会社の利益を守るためのものである以上、取引の相手方である取締役たる被控訴人山根真一において、同規定違反を理由として無効を主張することは許されない。
六本件各保険契約の通知・告知義務違反を理由とする契約の解除を許さない特段の事情の有無について
1(一) 被控訴人山根真一が本件各保険契約を締結した動機について、原審及び当審における被控訴人山根真一の尋問結果によると、被控訴人山根真一は、従来、海外旅行に出掛けるたびに、海外旅行傷害保険には加入していたが、控訴人シグナへの前記保険加入当時、生命保険に加入したことがなかったことが認められるところ、更に同尋問の結果中には、そのため、利恵や実子悠太郎、実母千代子等の生活を確保するため、生命保険に加入する目的で控訴人シグナの保険に加入したこと、被控訴人ランバーメンズの保険には、パイドパイパーが同社の代理店をしていたため、付き合いで加入したものであり、控訴人東京海上の保険には、控訴人三和航空の社員から同社の主催旅行保険が一五〇〇万円だけであるので、ティーキャットにある控訴人東京海上の代理店でも加入できるから、是非同社の保険に加入するように勧められたため加入したこと、以上の趣旨の供述部分がある。
(二) しかしながら、
① 被控訴人山根真一が昭和五九年一二月二四日に原審脱退被告と締結した保険契約が、死亡保険金のみ支払特約条項付の普通傷害保険であって生命保険ではないことは前記のとおりであるところ、<書証番号略>によれば、被控訴人山根真一は、同年一一月末日ころ、同行者利恵とする「モルジィブ・ビアドゥ島八日間」なる旅行コース(同年一二月二四日出発)を申し込み、一二月一二日にはその頭金を支払ったが、同月一九日にこれを解約して、本件旅行の申し込みをするに至ったことが認められ、更に<書証番号略>、原審における証人竹林真喜代の証言、被控訴人山根真一尋問の結果によると、右契約申込みは郵便による場合が殆どであるのに、同月二四日、わざわざアメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インクの事務所まで出向いて、利恵をも配偶者用オプションで被保険者に加えて右保険加入の申込みをし、その際、死亡保険金受取人を一旦相続人としたのに、これを抹消して実父である控訴人山根賢一と書き直し、その保険の効力発生が昭和六〇年一月一日からであることを原審脱退被告に念を押して確認させる等をしたことが認められ、右事実からすると、被控訴人山根真一は右保険が本件旅行に適用されることを前提とし、これを目的として加入したものと解され、原審脱退被告(控訴人シグナの前身)への加入動機に関する前記供述部分は採用することができない。
② <書証番号略>、原審における被控訴人山根真一の尋問の結果によると、被控訴人山根真一は、同年一二月二九日、被控訴人ランバーメンズの代理店を務める自己が代表取締役であるパイドパイパー事務所において、被控訴人ランバーメンズから貸与されたパーソナルコンピューター発券機を従業員に操作させ、利恵を被保険者とする本件旅行に関する海外旅行傷害保険三口(死亡保険金合計一億四五〇〇万円)、真一を被保険者とする同保険六口(死亡保険金合計一億五五〇〇万円)の申込みをし、直ちにうち四口を解約し、同六〇年一月一日、従業員を出社させて、前記残五口のうち四口を解約し、ついで利恵を被保険者とする本件旅行に関する海外旅行傷害保険五口(死亡保険金合計一億円)、真一を被保険者とする同保険三口(死亡保険金合計七五〇〇万円)の申込みをし、直ちにうち三口を解約し、結局、利恵を被保険者とする保険は、請求の原因四項記載のもの三口が成立したが、その契約日を翌日である一月二日に作為させたことが認められ、右経緯によると、被控訴人山根真一が、わざわざ従業員を休日出勤させて、右のように契約締結、解約、再締結、加入日の作為等をさせた合理的な理由を見いだすことができず、異常なものというほかはなく、被控訴人ランバーメンズの保険に加入した動機に関する前記被控訴人山根真一の供述部分は直ちに採用することができない。
③ <書証番号略>、原審における被控訴人山根真一尋問の結果によると、被控訴人山根真一は、同年一二月三一日、保険へ加入する目的で、わざわざ東京都中央区日本橋箱崎にある東京シティ・エア・ターミナルに出向き、控訴人東京海上の代理店である株式会社ツーリストサービス送迎センターにおいて、申込用紙を受け取ったのに、当日は保険申込みをせず、翌一月一日、再度同店に出向いて、申込日を昭和五九年一二月三一日と作為して、本件保険の申込みをしたことが認められ、右事実によると、被控訴人山根真一の控訴人東京海上の保険への加入の経緯には、加入の勧誘を受けたにしても、理解を越えるものがあり、同社への保険加入の動機に関する前記被控訴人山根真一の供述部分を直ちに採用することができない。
2 被控訴人山根真一が本件旅行に関して加入した被保険者を利恵とする傷害保険は、前記のとおり、① 昭和五九年一二月二四日、原審脱退被告(被控訴人シグナの前身)とのファミリー・プロテクション・プラン普通傷害保険、死亡保険金五〇〇〇万円、②同六〇年一月一日、控訴人東京海上との海外旅行傷害保険、五〇〇〇万円、③ 同年一月一日、被控訴人ランバーメンズとの海外旅行傷害保険、七五〇〇〇万円、以上であり、その死亡保険金額の合計は、一億七五〇〇万円に及び、これに、弁論の全趣旨から被控訴人野口真一が了知していたことが認められる控訴人三和航空の主催旅行保険一五〇〇万円を加えると、総額一億九〇〇〇万円となり、まことに異常というほかはなく、右認定にかかる契約締結時の異常性とあわせると、保険金受取人を被控訴人山根真一のほかに分散して指定していることを考慮しても、右高額の保険金額を付保した合理性、妥当性を理解することができない。
3 また、被控訴人シグナ、被控訴人ランバーメンズが右重複保険の締結を容認ないし知悉していたとするに足りる証拠もない。
4 以上の諸点をあわせると、被控訴人山根真一には、右各保険契約を濫用する目的を有しなかったとする趣旨の原審及び当審における被控訴人山根真一本人尋問の結果部分は採用することができず、外にこれを認めるに足る証拠はない。
七控訴人瀬戸口昌子、被控訴人野口孝子の権利濫用の主張について
右のような事情からすると、被控訴人ランバーメンズの告知義務違反を理由とする契約解除が権利の濫用ということはできない。
八以上により、控訴人東京海上、被控訴人シグナ、被控訴人ランバーメンズの各保険契約解除は有効であるから、被控訴人山根真一、同野口二雄、同野口孝子の控訴人東京海上に対する各請求、控訴人山根賢一の被控訴人シグナに対する請求、控訴人野口周一、同瀬戸口昌子、被控訴人野口孝子の被控訴人ランバーメンズに対する各請求は、いずれもその余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
第三控訴人三和航空の故意免責の主張について
一控訴人三和航空と被控訴人山根真一との間の補償契約において、補償金受取人(被控訴人山根真一)の故意によって生じた事故については、補償金を支払わないとの約定がなされたことは、当該各当事者間に争いがない。
二控訴人三和航空は、山根利恵の死亡が被控訴人山根真一の故意によって生じたものである旨主張するので検討する。
原判決二五枚目裏一二行目の「成立に争いがない」から同三〇枚目表一二行目までを引用する。ただし、次のとおり付加・訂正をする。
1 原判決二六枚目表四行目の次に「<書証番号略>、原審における被控訴人野口二雄尋問の結果」を加える。
2 同二六枚目裏六行目から同二七枚目裏九行目までを削除する。
3 同二七枚目裏一〇行目の(三)を(二)、同二八枚目裏一一行目の(四)を(三)と訂正する。
4 同二七枚目裏一一行目、一二行目ないし同二八枚目表一行目、同二八枚目表四行目の各「リーフ」をいずれも「ラグーン」と改める。
5 同二八枚目表六行目の「トル」を「トル、島の波打際からパッセージ4の間は約一五〇メートル」と改める。
6 同二八枚目裏七行目の「溜まる量」を「溜まる量(約三〇cc)」と改める。
7 同二八枚目裏一〇行目の「認められた」を「認められ、被控訴人山根真一は、帰国後である同年一月七日、一四日の二回にわたり、大学病院で両下肢挫傷(モルジィブのサンゴ礁で両足を引っ掛けたと説明した。)の治療を受けた」と改める。
8 同二九枚目裏八行目の次に次を加える。
「(四) 被控訴人山根真一は、帰国後、利恵の遺族から保険の有無を尋ねられた際、旅行業者のかけた一二〇〇万円ないし一三〇〇万円位の保険があるとのみ答え、他の本件各保険契約の締結に言及しなかったほか、保険会社から提出を求められた事故報告書の作成にあたり、関係者に保険会社との対応の仕方を説明した。」
9 同二九枚目裏一一行目の「原告山根真一」から「かかわりなく、」までを削除し、「同人との」の前に「前記認定のとおり」を加える。
10 同三〇枚目表一行目ないし二行目の「切迫していること」を「切迫し、申込みの態様も異常であること」と改める。
11 同三〇枚目表五行目の「こと等」を「こと、被控訴人山根真一の事故後の言動」、同一〇行目の「自ら手を下して」を「故意(未必の故意を含む。)による作為行為によって」とそれぞれ改める。
12 同三〇枚目表一一行目の「外ない。」の次に「また、被控訴人山根真一が、利恵において傷害に至る事態を認識した後において、適切な作為義務に反したとするに足りる証拠もなく、不作為の故意があったということもできない。」を加える。
第四控訴人三和航空に対する補償金請求権の帰属
1 被保険者死亡の場合保険金受取人の指定のないときは保険金を被保険者の法定相続人に支払う旨の約款の規定の趣旨は、被保険者が死亡した場合において、保険金請求権の帰属を明らかにするため、被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものであり、保険金受取人を相続人と指定したのとなんら異なるところがないから、法定相続人が法定相続分に従って保険金を取得するものと解するのが相当であり、この理は、補償金請求権につき同趣旨を定める旅行業約款の規定においても変わりはないものというべきである。
2 右事実によれば、被控訴人山根真一は、法定相続分に従った補償金請求権を取得したものというべきである。
第五以上により、被控訴人山根真一の控訴人三和航空に対する請求は、理由がある。
第六よって、主文のとおり、原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官高橋欣一 裁判官伊藤博 裁判官池田亮一)